14. 旗・炬火リレーに参加/根崎 良文さん(行方市)

参加賞のバッジ

参加賞のバッジ

昭和49年、当時行方郡玉造町立玉川小学校の6年生だった私は、茨城国体の「旗・炬火リレー」のメンバーの一人に選ばれました。

220万人の県民が一体となって実施した『水と緑のまごころ国体』。このときの「旗・炬火リレー」は、鹿島神宮からは伝統の火、筑波山頂からは自然の火、東海村原子力研究所からは科学の火がそれぞれ採火され、3つのコースにより、大会旗とともに県内全市町村をリレーするというものでした。そして最後には、県庁に集火して「まごころの火」となり、開会式会場の笠松運動公園に入場しました。

私たちの小学校は、「旗・炬火リレー」の鹿島神宮コースを担当し、私は大会旗をもって走ることになりました。リレー当日の天気はあまり良くなく、曇か小雨が降っていた気がします。大会旗が雨で濡れて重くなってしまったのを覚えています。

水戸が茨城県の中のどこにあるのかさえわからなかった少年が、この昭和49年茨城国体に関わり「旗・炬火リレー」に感銘を受け、茨城県というものを初めて意識した出来事になった気がします。今現在の自分があるのは、昭和49年の茨城国体に参加したことが大きな影響となっているでしょう。4年後の2019年には、茨城県では2回目の国体が開催されます。前回同様、茨城県民みんなの力で『いきいき茨城ゆめ国体』の成功を目指していきたいと思います。

ちなみに「旗・炬火リレー」で一緒に走った友人たちとは今でも仲良しで、先月も茨城空港から卒業40周年記念旅行に行ってきたところです。

旗・炬火リレーのユニフォーム

旗・炬火リレーのユニフォーム

実際に履いて走ったシューズ

実際に履いたシューズ(当時の泥がついたままになっています)


昭和49年茨城国体の思い出や体験談などをお持ちの方は,以下のページより情報をお寄せください。